ククナ☆クロニクル



 掲示板から自分のことが書かれた紙を剥がし、学園の門から出る。

 これからはその中街道って場所に行って、ホテルを見つけないと……!

 紙から顔を上げると、見知った顔のふたりがいた。


ククナ「あ、あれ?」



~~~



 場所は少し変わって、中街道にある【ホテル:バンライ】。

 築54年の歴史を刻むレンガ調の建物は8階建てでリーズナブルな利用料金が魅力である。
 コーヒーの香りが漂う広いロビーの一角に、腰掛けるふたりは話をしている。


リズ「ククちゃん……見てくれたかなぁ……」

コロネ「……見てんじゃないの?」

リズ「んー……だといいんだけどー……」


 宙を扇ぎながら、パフェを口に放り込む。


コロネ「……アンタ、よくパフェなんて食べてられるわね……;」

リズ「おいしいよ、宇治金時パフェ! コロネも食べる?」

コロネ「いい。いらない。」

リズ「えぇ~~~!? コロネ、甘い物好きなのに!? はっ、まさか……」

リズ「減量だなぁ!?」


 ガタッとテーブルに手をつき、立ち上がる。
 その様子を、馬鹿を見るような眼でいなされる。


コロネ「……心配じゃないわけ?」

リズ「そりゃあ心配だよ? うん」


 パクパクと食べられるパフェはどんどん小さくなっていく。


コロネ「よく食べられるもんだわ……」

リズ「コロネって……やっぱりやさしいね」


 下を向き、口を結んで少し照れたように話すリズ。


リズ「今だって、ククちゃんを心配しているからこそ食欲がないんでしょ?」

コロネ「……そ、そんなのじゃないし……」


 いつもの強がりが見えたところで、フッと小さく微笑むことが叶う。


リズ「正直にならないとククちゃんは近づいてくれないぞー☆」

コロネ「……べつにいいわ」


 腕を組み、しっかりとこっちを向いて真っ直ぐに説く。


コロネ「だって――――リズがいるもの」

リズ「仲良しは多いに越したことはないよ!」


 被さるように覆され、なんとも言えない空気になる。
 『なんで伝わらないの…』と小さく呟き頭を抱えるコロネとキョトンとするリズ。この光景は幾年経っても変わらないのである。



~~~



リプル「やっ! 元気にしてたかなー?」


 まるで声援に応えるアイドルのように小さく手を振っているのは魔法少女のリプルートだ。
 後ろには当たり前のように兄のアポロスもいる。


ククナ「リプルちゃん……」

アポロ「お連れ様には逢えましたか?」

ククナ「んーと、それがー……;」


 漫画的表現ならば『かくかくしかじか』と言ったところか。
 ここまでの状況を出来るかぎり伝わるように話す。


リプル「あぁ~、バンライかぁ~……」

ククナ「えっ! ……なんか……アレな感じの場所、なの?」

リプル「いや違うよ、ただご近所だなぁ~って」

ククナ「ご近所……? ――――あっ、ふたりの?」

アポロ「えぇ、そうです。」

リプル「折角だし、家に寄って行かない?」

アポロ「こちらのホテルのある中街道の突き当りですから……通り道ですね」

リプル「そーそー! あのね、叔母上様にナリアの話をしたら逢ってみたいって言うからさー」

ククナ「え、あ、そう……なの? というか、話したんだ……?;」

リプル「うん!!!」

ククナ「はー……そう…………うん……まあ…………いいけど、さ……」


 (いや、よくはないかな……。)や(いったい何を話したと言うんだろう)という複数の思いが心のなかに湧きあがる。


ククナ「あ。」

ククナ「行くのは構わないんだけど……先にふたりに話してからでもいい? たぶん、心配してくれているだろうし……」


 狸の兄妹は同じタイミングで頷く。


リプル「もちろんだよ! さぁ、行こっ!」

アポロ「案内しますので……はぐれないように付いてきてくださいね」


 ふたりにそれぞれの手を引かれ、駆け出す。
 対等で……友達って感じがする! うん、悪くないね。むしろ楽しい!



~~~



ククナ「あ、あのぉ……;」


 入口から足を踏み入れると見知った格好の二人組が見えたので、おずおずと近づき声をかける。


リズ「あっ、ククちゃん!」

コロネ「あんた! 何勝手にどこ行ってんのよ!?」


 ガタッと椅子から立ち上がり、肩を引っ張られ怒られる。


リズ「まぁまぁ、コロネはねぇ、ククちゃんがいなくて心配してて……」

コロネ「心配――――はしてないけどッ!! どれだけこっちが迷惑をかけられたと思ってんの!? 時間だって無駄になって――――」

ククナ「ごめんなさーい……;」


 『うるさいなぁ』くらいの心で謝罪をしたとき、コロネの瞳は自分ではなく違う方を映していることに気がつく。
 同じ頃にリズもそれが何かに気がついたようだ。


リズ「あぁ、狸の兄妹さんだねぇ」

アポロ「――――はじめまして。狸族本家第一子、アポロス・フェンです。」

リプル「妹のリプルートでーすっ!」

コロネ「っ!!;」

ククナ「(あぁ……苦手な狸族がこんなにワラワラといるから……;)」

ククナ「(……ん? 待てよ……。リズさんは狸族の血が入ってるって言ってたし……コロネさんは言わずもがな。で、この兄妹は本家だから……)」


 狸族の兄妹が代わりに説明をしている間、(……狸がいっぱいだぁ……)と少しほんわかしていたククナであった。



~~~



 豪邸と呼ぶ他のない、大きな屋敷がいくつも連なっている。

 あの窓がリプルの部屋で、あそこがお兄様の部屋とか言われてもどれがどれなのか全然わからない。適当に生返事で返していくしかなかった。

 玄関を通れば日当たりのよく天井の高いホールが迎える。

 掃除や家事を行うメイドや執事、真っ直ぐに伸びた廊下に螺旋階段。ドレスを着て歩いたら如何にもお嬢様となるであろう。


ククナ「(リプルちゃんはドレスとか着ないのかな?)」

リプル「ん? あー……動きづらい服嫌いなんだよね。かといってミニのドレスは品がないって言われちゃうし」

ククナ「Σなんで!?;」

リプル「お膝を出すのははしたないんだってさー」

ククナ「いや、そっちじゃなくて……;」


 頭を抱えているとクスクスとアポロくんが小さく笑っていた。恐るべし、魔法少女……!


 創作物によくあるような両開き扉を通ると、羊羹状の長いテーブルの先に品の良いふくよかな中年女性が座していた。

 気品に溢れる眼差しで優しく微笑まれると緊張が走る。


リプル「連れて来たよっ! ククナリア・ポレーヌ……だっけ?」


 『合ってるよね?』とこっちに質問してくるが今は話を振らないでほしいと切実に思う。
 むこうで勝手に3人で話してくれていていいのに……。


中年女性「……晄……そう……」


 女性は席を立つとこちらに近づき、優しく抱擁をする。
 優しいオーデコロンが鼻をくすぐる。


 えっ……?


中年女性「あぁ……っ、ノノルフちゃんだわ……っ!」

ククナ「は……? え、あ……えっ……?」


 なんでこの人は……この人たちは、人の母親の名前を知っているのだろう?


 まさか……、この世界は――――














END…









 同年代同士、会話が盛り上がった頃にふと気がつく。


 リズやコロネの姿が見えない。


 勝手にあちこちと移動してしまった自分が悪いのはわかってはいるが、ふたりがいないとなると焦燥が募る。
 そのことに気づいてくれた魔法少女が聞く。


リプル「――――どしたの? なんかなくした?」

ククナ「ひ、人……一緒にいた人たちが……いない……っ!;」

アポロ「人達……どのような方々ですか?」


 ひとりは甘茶色の長い髪をした青い着物の女性で、もうひとりは猫みたいな髪の毛をした巫女だと伝える。

 貴族の兄妹は、同じように首を横に振った。


リプル「そんな目立つ格好してたら覚えてるって」


 (あぁ、やっぱりこの世界でも目立つ格好なんだ……アレ……)と漫画的表現ならこめかみあたりに汗をかいているであろう。


アポロ「……もしかしたら、学園に向かわれているかもしれませんね」

ククナ「学園? あの大きい建物の?」

アポロ「はい。生徒でなくても、入場はできますので……」

リプル「リプル達もあの学園の生徒なのよっ! どっ? すっごいでしょー!?」

ククナ「ふぇーっすっごい!!」


 ストレートすぎる感想を述べたことで、リプルは満足気にふふんと鼻を鳴らす。


ククナ「親切にありがとう! 学園に行ってみるね!」


 踵をかえし、踏み出す。
 心細いはずなのに、ふと笑みが浮かぶ。

 こんな友達……欲しかったなぁ……。


 ククナが点になるくらいに遠ざかった頃、残された兄妹は話す。


リプル「……お兄様は、どう思う?」

アポロ「……そうだね……」

アポロ「……きっと……いや、絶対にそうだと思うよ。」

リプル「やっぱり!? あぁ、よかったぁ! リプルの人違いじゃなくって!」

リプル「はやく、叔母様に報告しないと!」


 さっきまでぴょんぴょんと跳びはねていたリプルは、家の方へ向かい走りだす。
 それを目で追い、小さく呟く。


アポロ「……なんの……因果でしょうね……」



~~~



 それから小走りで、大きな建物にたどり着く。
 【ブルクハルト魔法学園】と書かれた看板からここがさきほどの話の学園であることは間違いないだろう。

 巨大な門から広大な敷地が広がる。視界はすべてこの学園しか映らないほどである。


ククナ「すっごぉ……! 広ぉい……!」


 ざわざわと多くの人が行き来する。老若男女問わずいるところから本当に部外者が入ってもいいのだと確信する。
 人の波に飲まれつつ、逆らいつつ、開けた中庭に漂い着く。


ククナ「ひ、人ごみは苦手だ……っ! ダメだ、これは……っ!」


 限界集落と言っても過言ではない田舎で育ったのだ。人といえば自分の家族と隣のアメリアの家くらいしかない。
 目がチカチカするような、めまいのようなものに襲われる。
 これが酔うってことか……。


ククナ「…………ん?」


 下げてた頭を上げると、そこには自分が5人分ほどの大きな掲示板があった。
 隙間がないようにビッシリと貼られたそれには

 『猫ちゃんの飼い主さん捜してます! 赤い首輪をした女の子 うちで保護しています。お心当たりのある方は表街道夢のパン屋まで』

 『今月末! フリーマーケット開催! バザー通りでフリーマーケットを開催します! 出店希望の方はバザー通り代表まで』

 『人を捜してます! 年齢:14歳 性別:女 体型:150cm程度 中肉中背 特徴:頭に大きなピンクのリボン/紺のセーラーコート/白タイツ/黒いブーツ』

 など、実に多様なデザインと色で描かれていた。


ククナ「――――って」

ククナ「Σこの『人を捜してます』って私じゃん!!;」


 ガバッと自分のことが書かれた紙にくらいつく。
 この場に来た時、なぜかまわりの人たちがこっちをチラチラと見ているなと感じたけど、それは気のせいではなかった。

 紙の下に『中街道【ホテル:バンライ】滞在中』と書かれていたので、そこに行けばいいようだ。



 ――――ただ、中街道の場所がわからない。












END…











 あれからどのくらい歩いたのだろう。
 陽の光はなおのこと照らし続け、時間という概念を壊していく。


リズ「見えたよ。ほら、あの栄えた国!」


 先に歩いていたリズが跳ねるように小高い丘に登り、指を先へ向ける。
 息が切れ中腰で屈むククナにはそんな余裕はない。
 いかに酸素を多く取り込んでヘモグロビンと融合させるかに真剣である。


ククナ「へ……国……? 街とかじゃなくって……?」

リズ「うん、国だよ?」

ククナ「……国境……越えてたんだ……;」


 息を整えると、前を向いて先を見る。
 さっきまでの生い茂った林とは打って変わって、カントリーな風貌の大きな建物が数棟目立つ。


コロネ「……ブルクハルト国。……貴族が多く住む国で、高度な学問を学べるそうよ。」

ククナ「へぇ~!」

リズ「あの国なら結構な人数がいるし、弟くんのことを知ってる人がいるかもね!」

ククナ「え……あ……あぁ、そう……ですね……」


 なんとなくだけど、いる訳ないって思った。
 だって……そんな一個人を覚えてる人なんて、いないでしょ?



~~~



 =ブルクハルト国=


 遠くからは建物が目立っていたが、実際に領地に入ってみると目に映るものすべてが好奇心を呼ぶ。
 どこかの場所を映像のように流して情報を届ける巨大な板状の水晶、流れる水が切れることなくまた上から流れつづけるオブジェ、上に乗ると魔法か何かで快速に滑る銀線……自分の世界には似ているものすらないと、やや興奮気味にアレコレ試していく。

 愉しそうに含み笑いをするリズと呆れ気味のコロネは少し離れたところでこれからの予定を話しあっていた。


リズ「まずはどこから行くべきかなぁ? 王様のところとか?」

コロネ「馬鹿ね。捕まって牢屋にぶち込まれるだけよ。」

リズ「んー……じゃあ人が多いところかぁ……広場とか?」

コロネ「そんなところよりももっと集まるところ、あるでしょう?」


 クイッと顎でその場所を教える。


リズ「あ! 学園だ!」


 正解と言わんばかりに目を伏せる。


コロネ「授業中の場所に入るとかしなければ捕まることはないし、共用の掲示板は部外者が使っても良いらしいわ。」

リズ「なるほど! さっすがコロネ!」

リズ「そんなにククちゃんに協力してくれるんだ~?」

コロネ「……なっ!?」

リズ「やっさしー! コロネ、ちょーやっさし~!!」

コロネ「優しくない!! そんなんじゃないんだから!」

リズ「はいはい」


 顔を紅くして怒るコロネを軽くなだめつつ、ククナが居るであろう場所を向く。


リズ「…………あれ…………?」


 だが、そこにはもう一人の子を抱えた母親と数歳の女の子しか居なかった。



 一方その頃。
 ククナは、川に架かる透明の橋の前にいた。

 (割れない……よね……?)

 まわりの人たちは感情を持たずに渡り終えていく。
 大丈夫であろう。なんだけど、今ひとつ自信が持てない。

 (せめてまわりに渡る人がいなくなってからにしよう……。重さが……。)

 人がいなくなるのをじっと待っていると、後ろから肩を叩かれた。


ククナ「ひっ!? わ、渡ります! 渡りますよぉ!;」

???「プロジェクションマッピングを待ってるの? あれは夜だけだよ、残念だねー。」


 自分を急かしたのではなく教えてくれた、その声は幼い少女のモノだ。
 振り返るとそこには、深緑色の大きな魔女帽子をかぶり、緑のかかった茶色の髪をふたつに括り、草原を映した緑色の瞳をキラキラと輝かせる華奢な少女……魔女っ子がいた。

 (あれ……? この特徴、どこかで……。)


???「あれれ、おねえさんって……ここの人じゃないの?」

ククナ「う、うん……」

???「ふーん、そっかー」


 その少女は人のまわりをクルクルとまわり、スミからスミまで何かをチェックしていた。


???「おねえさん、名前は?」

ククナ「ク、ククナリア・ポレーヌ……」

???「ポレーヌ……かぁ。うーん、じゃあお母様の名前は?」

ククナ「え……」


???「リプル。その方が困っているでしょう?」


 その少女の名前らしきものを呼んだのは十中八九“兄”であった。なぜなら髪色や目の色がまったくもって同じである。
 雰囲気が如何にも良家のお坊ちゃんといった感じで、見た目こそは少し弟のククロに似ていなくもない。


リプル「お兄様~! あのね……」


 名前を呼ばれた少女は兄の元へと駆け寄り、何かをヒソヒソと耳打ちする。
 小さく頷きながら兄は静かに聴き終えた。

 (何を話しているんだろう……また名前のことかなぁ……。)

 そっと近づいてきた兄は、目の前で膝を付き、手を掬うように取る。


???「ククナリアさん……ですね? 僕は【アポロス・フェン】と言います。」


 『キャーッ!!』と言う黄色い声を出したいのを抑え、その光景を直視しないように側を見る。

 (いやいやいやファンタジーの世界じゃないんだから!!! こんな創作の王子様みたいなことを人前で普通にするって!)

 (――――カッコいいかもしれない……)


リプル「くふふ……顔真っ赤だよ、ナリア? お兄様、かっこいいでしょ?」

ククナ「うん……――――Σうぅぁいぇ!?;」


 『いいえ』と言おうと思ったがそれは失礼になると思い、どう答えたらいいかもわからぬまま返答した結果がこれだ。

 アポロスという少年は横でクスクスと笑っている。


リプル「でも、お兄様は渡さないんだからねっ!」

ククナ「いや…………べつに…………」


 橋に目線を落とすククナを見て、話題を変えて話を続ける。


アポロス「……この橋は僕たちの家が企画、投資して作ったのですよ。」

ククナ「へぇ~……! すごいですね!」

リプル「それだけじゃないんだよ! あのオブジェもそのオブジェも! 映像水晶も加速銀線も! みーんなウチのなんだ!」

ククナ「へぇ~……すごい――――Σえっ!? ウソっ!?;」

リプル「ホントホント。大貴族様をなめちゃいけないよ。」

ククナ「大貴族……」


 兄のアポロスの方はいかにもといった感じだが、妹のリプルートは全くそうは見えない。


リプル「あっ! 今、リプルは貴族らしくないって思ったな!?」

ククナ「思ってな! ……くもない……かも……」

リプル「もぉー!」

アポロス「僕たちは本当に貴族……狸族直系の本家ですよ。まあ、リプルはそう見えづらいかもしれませんが……」

リプル「ちょっとお兄様ー!?」


 笑いが辺りに広がる。


 この特徴、そして貴族。
 これは紛れもなく――――狸族の直系で間違いはない。

 ってことは……あれ?
 リズさんとも関係あるってこと……? あとコリフェって人も……。












END…












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 村が見えなくなるまで、ひたすら道なりに歩いた。
 相も変わらず、陽は頭の上から射し貫く。


ククナ「……あのー……時間が止まってるってことは……ない、ですかね……?」


 あれほどの行動を起こしているのに、流石にここまで動かないのはおかしい。
 もういっそのこと、“時間が止まってしまっている”ことにしてしまった方が納得がいく。


リズ「止まってないよ?」

コロネ「村から歩いて49分経過しているわ」


 ほぼ同時に返され、『あぁ……そうですよね……』と上辺の返事をするのが流れだ。
 ――――ならばこれを聞いてみよう。


ククナ「今って……何時くらいなんでしょう……?」


 多くの人は『正午ぐらい』と大雑把に答えるだろう。
 どんな回答が飛んでくるのか、横目で見守る。


リズ「んー……、2時くらい?」

コロネ「1時52分よ」

ククナ「Σ真夜中じゃないですかッ!!!; いやそれ以前によくわかりますね!!?」


 本当に正解なのかはわからない。
 だが、この世界に生まれこの世界に住むこの人たちの言うことは正しいと考えたほうが正解なのかもしれない。


リズ「まあ……勘? みたいな?」

コロネ「私の体内時計は優秀なの。……それに、陽があるのならそれは真夜中ではないわ」


 至って普通の感想を頬を掻いて言う。


ククナ「……眠くなりません?」

コロネ「アンタのところは知らないけれど。私たちは生を授けたときから陽のある時しか起きていられないの」

リズ「逆にいえば、お日様が出ているときは眠れないってこと」


 『うわぁ……』と心からその苦労を汲む。


リズ「まー流石に疲れ切った時とか睡眠薬とかなら別なんだけどね。だからか、依頼も睡眠薬関連のものが多くって……」

ククナ「みんな……病んでるッ!?;」

リズ「そりゃあ前までは普通に夜が――――」


 リズはそこで止める。
 続きを言わず、『へへへ』と歯を見せて笑って誤魔化す。

 えぇーっと、神様が喧嘩して御子さんが仲介して……今の月の管理の人が死んじゃって……不在なんだっけ? あれ? 合ってるよね?


コロネ「……ハッキリ言いなさいよ、じゃないと迷惑」


 腕を組み、不満が募った表情で睨まれる。
 リズはビクッと身体を反応させた。

 あっ、これ、リズさんじゃなくて私に言ってるのか。顔と身体はこっちに向いているし。


ククナ「……ちょぉっと……時差ぼけ……みたいな? ……その……眠く、て……寝たい、的な……?」


 たどたどしく言葉を紡いでいく。
 この厳しい人が許すワケなんてない、わかっていて言うのはツラい。


コロネ「そう。勝手にすれば?」


 そう言うと先には進まず、道端にある倒木に腰を掛け始める。

 あれ? もしかして、この人って……良い人?

 リズが小声で『よかったね。コロネは不器用なだけで根は良い奴だから。』と囁き、隣に腰を下ろす。


 その倒木の裏側に行き、木陰になっている草の上に座ってブーツとタイツを脱ぐ。
 タイツはキレイに畳んで足元にそっと置き、ブーツは重ねて枕代わりにして横になる。
 あとはコートを脱いでブランケットのようにかけるだけで完璧である。
 凪の香りがするそよ風が心地よく、深々と眠りに落ちていった……。



 リズは持ってきている水筒から、コップに水を分ける。


コロネ「……で。アンタはいったい、何を考えているワケ?」

リズ「んー?」

リズ「いや、さぁ……弟子として錬金術を学んでくれないかな~って」

コロネ「今まで幾度も指導したのにも関わらず、誰ひとり説明を理解出来ずに去っていった元凶が?」

リズ「そ、それはそれ! これはこれッ! ククちゃんはアタシの説明で理解してくれたもんっ!! 失敗したけど!!」

コロネ「……ま。誰にも失敗はあるとは思うけど。」

コロネ「――――そういうのがない、別の世界から来たんでしょ? それなら教えない方がいいんじゃないの?」

リズ「えぇ……そうかな……?」

コロネ「というか、あまり入れ込むべきじゃない。……少なくとも、私はそう思うわ」

リズ「……そっか……。…………そう、だよね……」

コロネ「……シルルさんに似ていると思ったんでしょ?」

リズ「はは、コロネはやっぱりお見通しだ……」

リズ「うん……。おねえちゃんとさ……見た目だけじゃない、何か他のものも……」

コロネ「…………狸、か……」

リズ「……もしかして……ククちゃんって……――――」

コロネ「なっ……!?」」


 何かリズがとても重要な事を話し始めたのに、意識が薄れ行く。

 もう少しだけ! もう少し……あと本当に少しだけなのに……頭は言うことを聞いてはくれなかった。



 リズに『おはよう』と声をかけられ、まだ重たい瞼を擦りながら応答する。

 とてつもなく気にはなるが聞いていいものか。自分が寝ていると確認してから話していた内容だ、聞いてはいけない内容なのかもしれない。

 その微笑む顔を見ると問いたくなってしまうため、目を背けてコートを羽織る。



 目的地まではあと数kmということで、何も食さずに進むことになった。

 (それにしてもこの人たちはタフだな……。)
 それが私の感想である。














END…









 これから村の外に出て弟探しの旅に出るということで、リズとコロネは各々支度をしに戻り。
 ククナがひとり、村の入口で待つことになった。


ククナ「…………。」


 自分の背丈以上にある木製の看板に寄りかかり、今も照りつける太陽を見上げて思いを耽る。
 本当にこの世界に弟――――ククロはいるのか。母や祖父、それにアメリアも心配しているのではないか。

 思えば思うほど、瞳が泪に濡れる。



 ――――ふと、人の声のようなものが聞こえ、顔を元の位置に戻すと視界の先に何かが映る。

 それは自分の世界における“オオカミ”に近いような生き物だった。
 だが、被毛が鮮やかに朱と銀で染まり、血走った眼で涎を飛ばしている。

 そのオオカミのような生き物はわき目もふらずこちらへと真っ直ぐに突っ込んでくる――――!!


ククナ「ひぃっ!? あ、あの症状……まさか、狂犬病!? か、感染率100%致死率100%!! い、いやだ、こんなところで死にたくないーーーッ!!」


 一度リズのところへ行こうと踵を返すが、圧倒的な速さで目前まで迫っていた。

 『もうダメだ――――!』

 ギュッと目を閉じ、来るであろう痛みに備える。


 ――――ギャワンッ!!


 犬の悲鳴のような音を聞き、ゆっくりと瞼を開く。
 さっきまで走っていた生き物は足元に転がり、骸になっていた。


ククナ「……死ん……でる……?」


 恐る恐る身体を屈め、顔を近づけて見るがピクリとも動かない。
 よく見ると背中に矢のようなものが刺さっており、そこから心臓に到達しているようであった。

 かつてこの生きていた物が来た方向から走る音が聞こえる。
 しかも1人ではない、2人だ。


 「ハァッ……ハァッ……あ、あのっ……だいじょうぶでしたか……っ?」


 息を切らしながら、紅茶に甘いミルクを垂らしたような髪の色をした、自分と同じか少し下の見た目の少女が駆け寄ってくる。
 その手には弓が、背には矢束が入った筒を背負っており、先程の寸劇はこの少女が起こしたのだと理解する。


ククナ「だ、大丈夫……だと、思います……」


 愛想笑いで返すと、その少女の後ろから気配を感じる。
 そこにいたのは、深い深い海のような髪の色をした、かなり背の高い青年であった。
 頬には大きな傷跡があり、手には斧を持っている。

 少女が『だいじょうぶだったみたいだよ、お兄ちゃん』と言って対話を始めたことから二人は兄妹であると察する。


ククナ「あ、あの……た、助かりました……ありがとう、ございます……」

少女「た、助けたなんて、そんなっ!」

青年「……謝るのは、こちらの方かもしれん……」


 両手を前に出して首を横に振る少女と、腕を組み目を伏せる青年が話し始める。
 ここの先の林で狩りをしていたのだが、仕留めきれなかった先程のオオカミのような生き物がこちらへ向かって逃げてきていたのだと言う。


少女「悪いのはわたしたちです、本当にごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

青年「危険な目に遭わせて、すまなかった……」


 幾度も腰をかがめて謝る少女と深々と頭を下げる青年。
 結果は大丈夫だったのだから、そこまで謝られると逆に困ると言ってやめてもらった。

 続きの狩りがあるということで2人とは別れ、行き違いのタイミングでリズがやってきた。


リズ「お待たせククちゃん。……あれ、誰かいた?」

ククナ「は、はあ、まあ……」

リズ「ふーん……そっかぁ……」


 『あ、そういえば』とリズが切り口を開く。


リズ「狸族の話だったよね? コロネが言ってたやつ……」


 辺りを見回し、コロネのやってくる気配がないことを確かめる。
 そよぐ小風は静かに草を扇ぎ、吊らされた【エシュロン村】の看板が音を立てるだけだ。


リズ「アタシ達は何々族――――っていう種族が必ず全員あるんだ。直系とか傍系とか……」

ククナ「人種……というか、家名みたいなもの……ですか?」

リズ「あ、そう! そんな感じ! アタシ達は“血統”って呼んでるけど……族で見た目も違うしね、素質も左右される!」


 腰に手を当てケラケラと笑うリズに呆れながら問う。


ククナ「……私、狸族(?)って見た目……なんですか……?」

リズ「まあ……茶髪ってところかなぁ……」

ククナ「そんなの髪染めたら誰だってなりません?;」

リズ「血統には誇りを持つもの――――ってみんな教わるから、染めるって人はよっぽど……アレ、かなぁ」


 と言いながら、頭の横あたりを人差し指でくるくると円を描く。
 呆れた眼差しに気づくと、パッと手を叩く。


リズ「あ、そうそう! アタシも狸族の血が入ってるんだー!」

ククナ「嘘つかないでくださいよ、この赤毛!!;」


 あまりにもいきなり過ぎるボケに突っ込んだため、敬語と丁寧な対応を忘れてしまった。
 だが、リズはちっとも気にしている様子はない。


リズ「あぁ、茶色って言っても緑系、黄色系、赤系、いろいろあるんだって」

ククナ「なんでもありなんですね。」

リズ「そうそう。直系じゃないと髪色とか祖先の色じゃないからねぇ、純正の色は滅多に出ないよ。」


 『茶色系は……狸族……?』と呟くと小さく頷かれる。
 つまり、それは……。


ククナ「……あれ? じゃあ、あのコリフェさん……でしたっけ? あの人も……」


 先ほど笑顔はどこに行ったのか、リズは面を被ったように顔の表現がなくなる。
 少し眉を下げ、下に目を向けるようにして言葉を紡ぎ始めた。


リズ「コロネの家はね、代々つづく直系の猫族血統だったんだ。父親もお姉さんも猫族。……だけど……コロネのお母さんは……」

ククナ「……狸族……」


 『そう』と頷き、続ける。


リズ「直系に傍系が……混血が生まれたからって、そうとう酷い目に遭ってたみたい。だから狸族も……猫族も嫌ってるはず、なんだけどー……猫族には憧れてるのかなぁ?」

ククナ「……血は半分、入っているのに……ですね」

リズ「結局、みーんな見た目で判断してるからねぇ……それが手っ取り早いから仕方ないんだけど……」

ククナ「なんか……差別とか偏見とか、すごそうですね……?」

リズ「……ひどいよ……――――かなり。」


 リズ自身も過去になにかあったのか、辛そうな表情になる。
 思ったままに言ってしまったことを後悔するとともに、気にもなってしまう。
 ハッと気づいたリズはまた明るく取り繕って笑う。
 それは、心配をかけないようにしているとも……過去を聞かれないようにしているともとれる。


リズ「でもきっと、アタシも無意識でしてるかもしれないから責められないんだ。例えば――――」


 スッと後ろに回り、肩から腕を回される。


リズ「狸族と狐族は相性が良い、とか!!」

ククナ「いや、狸族同士でしょう!?;」


 顔をなんとか向けようとするが、届かない。
 横に向いて吠えた。
 リズは普段と変わらない表情をしている――――と思う。


リズ「ん、あぁ、アタシはハーフ。狐族でもあり狸族でもある! それぞれの素質を持ち合わせた非常に珍しい存在!!」

ククナ「なにその主人公並みのスペック」


 呆れて率直な感想を言うと、笑いながら離れて目の前に現れる。

 『そうだ。これがわかりやすいよ、詳しく載ってるし』と文庫本くらいの大きさの書籍を渡してきた。
 タイトルには【先人ノ手記~種族文化~】と書かれているが、著者名は何も書かれていない。
 試しに数ページめくってみると、各種族の特徴や傾向が載っているようである。
 数メートル先から足音が聞こえたため、急いでコートのポケットに収める。幸い表からではわからないくらいの厚さであり、はみ出すことなく隠すことに成功した。
 また時間がある時に開くとしよう。











END…












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 先人の手記 一ノ項
 各種族の特徴をまとめる。なお、直系と混血の傍系では頭髪や瞳に違いが表れる。当項では直系血統のみを記す。

 【狼族】
 代々狩りを行い、繁栄させてきた。頭髪は深く澄んだ藍色、瞳は宵闇に煌めく金色である。口数は少ないが義理堅い種族であり、誓い事は必ず守る強さを持ち合わせている。伝記によれば他の種族を追いやり、数多くの屍を積む残虐行為を行ったとされているが真相は不明である。

 【狐族】
 代々盗みを行い、闇の稼業を開いていた。頭髪は月のような山吹色、瞳は大海原を観た青色である。単独行動が多いが種族間の結束が強い種族であり、世話や面倒見の良さは族一である。伝記によれば直系の兄と病に伏せる妹がいたが、打ち首となった兄を見て自害したといわれているが真相は不明である。

 【狸族】
 代々商いを行い、独自の売買ルートを拓いていた。頭髪は緑のかかった茶色、瞳は草原を映した緑色である。周りに頼らず、自分の力でコツコツと作業する種族であり、色恋よりも仕事に熱を出す傾向にある。伝記によれば物質を化学的に変化させる“錬金術”を編み出したとされているが真相は不明である。

 【猫族】
 代々神主を行い、歴史を護って来た。頭髪は燃え盛る夕陽のような橙色、瞳は宝石アメジストを宿した紫色である。マイペースに思うがまま行動するが運の良い種族であり、危機回避能力に長けている。伝記によれば社を護り切り、今現在もどこかに現存しているといわれているが真相は不明である。



 ほか、人を騙すことが好きな蝙蝠族や小心者の鹿族、魔力を持たない烏族など、多くの種族が確認されている。

 歴史が刻まれる都度に新たな種族が現れ、近親配合を行わなければ固有の種族は消えていくがそれもまた歴史なのだろう。我々は、種族血統によらず同じ人類であることを忘れてはいけない。




 それから少しの時間が過ぎた。

 視界の縁に手を振るリズと、もうひとりの姿が映る。
 巫女の格好をした、自分と似た茶色い髪をリボンでひとつに括った女の人である。頭にはふたつ、猫の耳のようなものがピョコンとしている。


リズ「おーい、お待たせー! えーっとねー、これはコロネ!」


 ふたり横に並び、肩を両手で叩く。コロネと呼ばれた人は『これって言わないで』と振り払う。


リズ「で、こっちがククちゃん! ――――ククナちゃん!」


 今度はこっちの横に回り、肩に手を置く。


コロネ「……ククナか……」


 コロネと呼ばれた人はボソッと呟く。
 やっぱりこの名前はこの世界じゃ変なのかな……。

 髪、目、顔……ジロジロと顔を近づけて見てくる。
 な、なんなのこの人……。


コロネ「アンタ……狸族?」

ククナ「は?」

リズ「ククちゃんはこの世界の人じゃなくて異世界から来たんだって! だからそういうのはないんじゃない!? ね!?」


 助け舟のつもりなのか、リズは間に入る。
 異世界から来たなんて、到底信じてもらえるとは思えないけど……。


コロネ「……ふーん……。」


 コロネと呼ばれた人は距離を置き、ひとりで静かに考え始める。
 これはチャンスと言わんばかりに前にいるリズに小声で話す。


ククナ「あ、あの、狸族ってなんですか?」

リズ「それはー……コロネの前では話せないことだから、あとで話してあげる」

ククナ「……わ、わかりました……」


 気になることが解けない……非常にモヤモヤとした気持ちで胸が疼く。
 族ってことは……派閥的なものなのかな……?
 考えが終わったのか、こちらに身体ごと向けて髪をサラリと流す。


コロネ「……コリフェ・リック・ロネッサ。コロネ以外なら好きに呼んで構わないわ。」

ククナ「あ、はあ……」


 『じゃあコリフェさんで』と言っても何も言ってはこなかったので大丈夫だったのだろう。
 いつの間にかコロネの横に移動していたリズが口を尖らせてブーイングをおくる。


リズ「えぇー!? 別にコロネだっていいじゃーん!!」

コロネ「馬鹿! それはアンタが勝手に呼んでるだけでしょ!?」

リズ「ふーん……じゃああたしもコリフェって呼んじゃおーっと! やーいコリフェー!」

コロネ「なっ……なんでよ!? 約束は……約束はどうしたのよ!?」

リズ「あっはははー! 本気にしたー? 本気にしたのー!?」

コロネ「リズ~~~~~~~~~~~~ッ!!!」


 ケラケラと笑いながら軽く避けるリズと何かを言いながら追いかけるコロネ。
 ふたりは仲良しで、“コロネ”という呼び方はリズしかしてはいけないものだと気がつく。
 子供のように戯れる年上たちを呆れた目で見つつ、声をかける勇気もないのでただ時が刻まれるのを待つしかなかった。



~~~



リズ「ふーっ……久しぶりに動けたなぁー!」


 満足気な顔をして伸びをする。息を荒げて木に手をついているコロネも瞳は優しい。
 本題をやっと思い出したリズは『あぁそうだ』と続ける。


コロネ「……アンタ……本気?」


 唐突にこちらの頭を心配するような眼差しを向けられる。


ククナ「リズさん何を言ったんですか!?」

リズ「え? これからのことだけど?」

コロネ「……ハーッ……人捜しの為にそこまでするか……」


 頭を右手で支えながら大きくため息をつかれる。
 リズに何を言ったのかを聞いても『その時のお楽しみ』と誤魔化されてしまう。
 ならばと勇気を出してコロネに聞いてみた。まるで自分の声は聞こえないかのように無視をされる。なんだこいつ?


コロネ「……ま。アンタの考えそうなことだわ」

リズ「でっしょー!? 褒めてくれてもいいんだよー!?」

コロネ「…………。」


 調子に乗り出したリズを無視し、こっちを向く。


コロネ「……ククナリア……だっけ? ま、いいわ。私もアンタの弟探しに協力してあげる。」


 さっきされたようにこっちも無視し返してやろうか、と思ったけれど流石に頼んでる側だし大人げないか……と考え、礼を返す。

 なんだろう、このムカムカは……返してやらないと気がすまないような……。

 いつか吠えづらをかかせてやろう。

 そう心に誓った瞬間であった。












END…










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 霊夢だって? はは、またまた御冗談を……。



 どれほど寝ていたのだろうか?
 夢こそは見なかったが、時間はそこそこ経っていてもおかしくはない。
 それなのに、天に昇る大きな陽の位置は変わってすらいなかった。
 縁側に腰を掛け、空をボーっと見上げる。


ククナ「……寝過ぎて昼になっちゃった……?」


 先に起きて釜の掃除をしていたリズがこちらを向かずにそのまま口を開く。


リズ「ううん、違うの……」

リズ「……夜がね……たまにしか来ないんだ」

ククナ「へっ!? なにそれ!?」


 驚きのあまり振り返って口を開く。
 その気配に気づいてか、息を一つついた後、掃除を一旦中止して身体ごとこちらに向ける。


リズ「今から何年か前なんだけど……月の管理の人が死んじゃったんだ。まあ、結構歳はいってたんだけどね。」

ククナ「月の……管理……?」

リズ「あぁ、やっぱそこから?」


 ふふんと首元に蝶ネクタイがあるかのように動作をして、コホンと咳払いをする。
 目を伏せて右の人差し指を天に向け、楽しそうに解説を始めた。


リズ「むかーしむかし。月と太陽はさも当たり前のように私たちを照らしてくれていました。私たちは月が照らす時間を“夜”、太陽が照らす時間を“昼”と呼びました。」

リズ「月はすべてのものを誕生させ、太陽はすべてのものを成長させる……。私たちは月、すなわち夜を始まりとしました。」

リズ「そんな当たり前が続いていたある日、ひとりの天文学者が気づきました。――――『月と太陽が世界から離れている』と。」

リズ「その時、私たちは悟りました。『当たり前のことはない』。そして、当たり前という言葉を忌むようになりました。』

リズ「あれよあれよという間に、完全に月と太陽は遠くへと離れていってしまいました。」

リズ「すべてのものは生まれなくなり、すべてのものは成長をしない。世界は滅亡を迎えると、私たちは混乱に陥りました。」

リズ「そこで立ち上がったのは救世主――――もとい、御子たちであった。」

リズ「月に最も近い場所と太陽に最も近い場所。そこで中継ぎとして、光を届け続けた。」

リズ「こうして、月と太陽は今も暖かく、私たちを照らしてくれているのである。」

リズ「――――おしまい」


 『これもう完全にファンタジーだな……』と呆れた顔で小さく拍手を送る。
 太陽と月があることなんて当たり前なのに、何を言っているんだろう。
 ふと、思った疑問をぶつけてみる。もっとも、伝承された話であるため当事者ではないリズにはわからないだろうとは思うが。


ククナ「あの……どうして、太陽と月は離れていってしまったんですかね?」

リズ「さあ……? 月の女神様と太陽の神様が喧嘩をしたって説と、世界の人たちに呆れて離れていったって説があるけど……」

ククナ「喧嘩て……;」


 『そんなので離されちゃたまったもんじゃないよ……』と思い、乾いた笑いで流す。
 ――――いや待って。そもそも、太陽に神様なんていなくない? もちろん月にも言えることだけれど。
 この世界は……一体どうなっているんだろう? 知れば知るほど、自分の世界とはまったく違う。


リズ「ククちゃんのところは違うの?」

ククナ「違いますよ。一日は太陽から始まるところもそうですが、神様なんていませんし、夜が毎日来るのも当たり前……必然的ですし」


 ふと“当たり前”という言葉が口から出てしまったことに気がつき、訂正する。もっとも、この言葉の選択で合っているかはわからないが。
 リズの気にしてない態度を見るに、間違いではなかったようだ。


リズ「はー……やっぱ違う世界から来たんだねぇ?」

ククナ「みたい……ですね……」

リズ「いいなー。アタシもククちゃんの世界に行ってみたいよー!」


 『そういえば、どうやってこっちの世界に来たの?』『えっ!?今更!?』という対話を経て、行った呪いについての説明をする。先程のお返しだ。


リズ「月に……触ったんだ……」

ククナ「水に映った、ですけどね; で、それから誰かに引っ張られて――――」


 何かを考え始めるリズ。
 先日は珍しく月が出ていたこと、ククロという名の弟のこと、そして――――彼女の名前。
 ひとりで納得し、口先だけの笑いを見せる。


リズ「この世界に必要だって、連れてこられたんだね。――――“ククナ”ちゃんが。」

ククナ「えっ、えっ? 一体だれでしょう?; ……ククロかな……」


 微笑むだけで何も答えないリズから、正解ではなかったと察する。

 ……私はのちに、この名前を恨むことになるのであった。












END...














 エトロの神? FF13? ライトニングリターンズ? 知らんな。





 風邪をひいたらいけないと、温かいお茶を入れてくれた。
 立ち昇る湯気が見ていて心地良い。
 リズは向かいに座り、啜りながら話を続ける。


リズ「ほぉー……じゃあ、ククちゃんはそのおまじないとやらでここに来ちゃったんだ?」

ククナ「あ、はぁ、たぶん……?」


 生半可な返事を返すと、湯のみに口をつけ茶を啜る。
 すこしの苦みを感じるが、それもまた味に飽きがこない。


リズ「異世界転移だっけ? アタシからみたらククちゃんの方が異世界の人だけどねぃ」

 (まあそうだよな。)と心の中でひとり納得し、乾いた笑いを返す。
 ふと、思ったことがあったのでそのまま話す。


ククナ「そういえば……、言語は同じなんですね?」

リズ「? うん、そうだね?」

ククナ「…………。」


 異世界とやらに来たのに、言語が同じなどあり得るのだろうか?
 本当は異世界ではなく、同じ世界の遠い土地に来てしまっただけなのではないかと考えてしまう。
 しばらく黙っていると、沈黙に耐えきれなかったリズが話を振る。


リズ「で、弟くんを捜してるんだよね? アタシも一緒に捜すよ?」

ククナ「いいんですか!?」


 前のめりになるように、机を叩く。
 手のひらがジンジンと痛むのと、お茶が少し揺れるだけだった。


リズ「おうともよ! ……どうせ仕事入らなくて暇だったし」

ククナ「仕事……」


 家に入った時から気になっていた、和風の部屋に似つかわしくない場所に目をやる。


ククナ「あの大きな釜と関係のある……?」

リズ「そう! アタシは錬金術師なのさ!」

ククナ「へぇー」

リズ「……あれー、興味ない?」

ククナ「興味というか……ファンタジーじゃないんですから。本の世界じゃあるまいし」

 あっけにとられたような、呆然とした顔のリズに見られる。
 そんなにおかしなこと言ってないよね?


リズ「なんというか……ククちゃんの反応こそが、アタシにとってはファンタジーだよ……」


 「そうですか?」と軽く返せば、「そうだよ!!」と力強く返された。
 やっぱりここは異世界なんだと思い直させる。
 リズはコホンとひとつ咳払いをすると、釜の横にあった棒を掴み、ジャーン!と効果音がつきそうなポーズを取る。


リズ「じゃあ、本物による本場を見せてしんぜよう!」


 「わー」と力のない歓声と拍手に迎えられ、リズの錬金術ショーが始まった。
 横にある棚からお目当てのものをホイホイと手に取り、釜に放り込む。


リズ「んー、じゃあこれを……このくらいでいいか。こっちはひとつそのままで、あれはもう量っておいたから1包を……」

ククナ「……ちゃんと量は量っているんですか?」

リズ「も、もちろんだよ! じゃなかったら爆発するよ!?」


 (爆発するとか、ファンタジーと一緒じゃん……。)とボソッと呟いたが、真剣に取り組むリズには聴こえてはいないようだった。
 つまらなそうにしているククナに気を使ってか、材料の成分構成やら分量の計算式やらを語りだす。


リズ「この液剤の分量は、x-(1/8×2y)+1/2%mlね」

ククナ「…………はぁ」


 もっとつまらなくなってしまった。面倒なので顔にも隠さない。
 「ならば!」と、がむしゃらにかき混ぜ、完成を急ぐ。釜の縁から中の溶液が零れそうで逆にハラハラさせられた。


リズ「はいっ! 爆弾のかんせーい!」


 無事完成し、ホッとする。
 あの材料で、どうしてかき混ぜることによって爆弾になるのかは気にしないことにした。
 それがこのファンタジーな異世界での理なのだ。


ククナ「ば、爆弾……!?」

リズ「と、言っても花火くらいの物だけど……」


 無事に完成してテンションの上がったリズは、ある提案をする。


リズ「……そうだ! ククちゃんもやってみる!?」


 そのキラキラとした眼差しがある意味怖く、数歩後ろに下がり、遠慮する。


ククナ「えっ……いいですよ……」

リズ「そっか、じゃあ始めよっか」

ククナ「そっちのいいじゃなくってですね」


 静かに怒るククナには目を向けず、これは名案だと言わんばかりに押し通す。


リズ「材料と分量はアタシがやるから……ククちゃんは混ぜるだけで」


 先程、釜を混ぜるのに使用していた棒をククナに差し出す。
 溶液に浸けていたところはサラサラとした感じの濡れ方ではなくネトネトとした感じで、材料が材料なので触らないように気をつける。


ククナ「あの、この混ぜるのって意味あるんですか? 普通にビーカーとかに流しいれたほうのがよくないですか?」

リズ「だって……カッコいいじゃん?」

ククナ「ダメだ、この人計算以外は馬鹿だった」


 自分に都合の悪いことは聴かない耳を持っているのか、ご機嫌なリズは棚から先程とは違う材料を手にする。


リズ「ほらほら、入れちゃうよ~? 最初はゆーっくりかき混ぜる感じで……そう」


 言われるがままにかき混ぜてみる。
 意外と棒が重く、また、溶液も粘度が高いのでかなり手こずる。
 とにかく釜に倒れて落ちないように踏ん張って、ゆっくりゆっくりと混ぜる。


リズ「さあここで、火力を上げて一気に早く! ファイアー!」ゴォォ!


 釜の下で燃えている薪に、魔法でさらに火を足す。
 ごおごおと燃え始め、釜の中で溶液がぐつぐつと泡立つ。
 熱いのが湯気でも十二分にわかるほどだ。
 しかし、今は手元が熱いことよりも、目の前で起こったことにククナは目を丸くしていた。


ククナ「えぇっ!? 魔法!?」

リズ「へっ? ククちゃんも使えるでしょ?」


 さも当たり前のようにポカーンとするリズ。


ククナ「使えるわけないですよ、ファンタジーの世界の住人じゃないんですから!!」


 またつい言ってしまった。
 よく考えたら、この言葉って、この異世界の人たちは傷つくのではないか?
 リズはしばらくの間黙ると、何かを考えた。


リズ「ちょっと一旦中断。こっち来て?」


 ひょいと縁側を降りると、ちょいちょいと手招きをする。
 この釜と火はこのままでいいのかと思いながらも中庭に赴く。


リズ「ね、『ファイアー』って唱えてみ?」

ククナ「……ファイアー」


 辺りは生き物の息音すら聞こえない静寂に包まれる。


ククナ「なんですか、いじめですか?」

リズ「発音が悪かったのかな。“fire”って、イントネーションを変えて言ってみて?」

ククナ「……fire……」


 再び、辺りは虫の足音すら聞こえない静寂に包まれる。


ククナ「帰っていいですか? 釜のところに」


 戻ろうとすると、行かないでと必死に止められる。


リズ「待って!! えーっと……そうだ、適性があるんだっけ? じゃあじゃあ、頭の中で何か魔法を考えてみて!」

ククナ「ま、また無茶苦茶な……」

リズ「だいじょーうぶ! 今度は成功する……ハズ」

ククナ「ハズて」

リズ「いいから!」

ククナ「…………。」


 瞼を閉じ、息を止める。
 その闇の中に見えるもの、それは……。


ククナ「……黒い……星だ……。」


 見えたソレを確信すると、静かに瞼を開ける。


ククナ「……闇の星よ、墜ちてこいッ!」

ククナ「――――ダークマター!!」


 言った後でハッとする。
 無意識下の内に唱えていた、といった方が正しいか。
 これは……本当に自分が言ったのか?


リズ「……ん?」


 薄ら雲のかかる空に小さな黒点が現れる。
 それは、加速しながら墜ちてきていた。


リズ「わ、わわわ、なんか黒いのが……えっ!? 星!? 星が降ってきたよ!? 嘘!? だって夜は……!!」


 ワタワタと慌てるリズの横でひとり、驚きで震える身体を抑えながら事実を受け入れる。


ククナ「…………。」

ククナ「……使……え、た……?」

ククナ「私にも魔法が使えた?」

ククナ「わわ……わぁぁあああ!! やったぁぁぁあああ!!」

リズ「おめでとう!!」

ククナ「ありがとう! ……ございます」


 どうして、このファンタジーな世界出身ではない自分が魔法を使えたのか。
 魔法を使えたという驚きと喜びの方でいっぱいで。この時はまだ、そんなことはまったく頭に思い浮かばなかったんだ……。


ククナ「ところで……」

ククナ「あの釜、火消してませんでしたよね……?」


 その言葉を合図に釜の方に目をやると、火は釜の半分を包み、液体は外へ溢れ出していた。


リズ「うぉぁああああああああああああ!!? 水!! ククちゃん水持ってきて! 流しから!!」

ククナ「そこは水の魔法じゃないんですか!?」

リズ「なんか水系だけは使えないんだよ!! 早く!!」


 無事に火がおさまった頃に残ったのは、黒焦げになった溶液と焦げ付いた釜。それと疲れ果てて倒れる、ふたりの少女の姿であった。












END…











 いつも通りに晩御飯を食べ終えてシャワーを浴びたのち、自分の部屋に戻る。
 この部屋は元々は父が書斎として使っていたため、かなりの数の本棚に囲まれている。
 疲れた足取りでベッドに腰を掛けると、枕元に置いておいた本を手に取る。
 それは先程購入したあの本である。


ククナ「用意するもの……。満月……? なにこれ、馬鹿じゃないの?;」


 異世界転移の項を読み、あまりの非現実さに鼻で笑ってしまう。


ククナ「あーあ。期待して損したー。くそー、クーリングオフ出来ないのかな、返せ私の1000クーオ!」


 本を放って横になると、バタバタと手足を動かす。
 もどかしさを消したくて勝手に身体が動いてしまう。
 気が済むまで動かすと、仰向けになって呼吸を落ち着ける。


ククナ「……そうだよ……ファンタジーじゃないんだからさ……。叶うわけ、ないんだよ……」

ククナ「――――いんや、ここまで来たならどれだけ非現実的なことが書いてあるか見てやろーじゃん? 1000クーオの価値だけ笑わせてくれればいいや」


 転んでもタダでは起きない。
 それがポレーヌ家の教訓である。
 クフクフと含み笑いをしながら、再び本を手に取り開く。


ククナ「……満月に触れ、扉を開く……? ははっ、もうわけわかんないわ! 魔女じゃないんだからさ」


 思う存分ツッコミを入れつつ笑うと、喉に渇きを感じたのでキッチンへと向かう。
 蛇口をひねればコップに水が満たされる。


ククナ「あー……浸透していくー……」


 家の裏にある湖から水を引いており、透明度が高く冷却も申し分ない。つまり、名水で美味しいのだ。


ククナ「(都会じゃあ水がおいしくないって言うもんね……。綺麗な湖とか川とかがないから……。)」


 ふと、小窓に映る夜空に目を移す。


ククナ「(……今日はキレイな満月だよなー……)」

ククナ「(……明るくて……。……部屋にも光が刺し込んで、水にも映――――)」

ククナ「Σもしかして!?」


 何かに気がつくと、急いで外に向かう。


ククナ「…………。」


 思ったより外は冷えていたので、羽織を取りに戻る。
 祖母が作ってくれたコートをパジャマの上に羽織ってから再び外に向かう。



~~~



 家の裏にある森の中を歩く。
 非常に暗く、月明かりと手元のトーチに頼るしか周りを知るすべはない。
 虫の囀る音や梟の鳴き声など、多数の生物が営巣していることがわかる。


ククナ「うぐ……っ! 夜は、ちょっと怖いかも……;」

ククナ「(いや、別に幽霊とかは信じてないけど……。野犬とかいたらイヤだなぁ……)」


 恐れを含みながら小さく小さく進んでいくと、月明かりに照らされてキラキラと煌めく湖が姿を現す。
 存在に気がついたククナは小走りで駆け寄る。


ククナ「やっぱり! ここなら全部映ると思ってた!」


 トーチを脇に置き、湖を覗き込む。
 もう一人の自分が期待に満ちた顔をしてこちらを見ていた。


ククナ「『満月に触れ、扉を開く』……」


 先程に読んだ本の一部を思い出す。


ククナ「…………。」


 この湖に映る満月に触れればいいのだろうか?
 しかし、それでどう異世界に移動するというのか。

 ただ、もうここまで来てしまった。

 行動をしなければ気が済まない。


ククナ「ん……」


 湖に手を伸ばす。
 指先に触れる水はとても冷たく、すり抜ける。


ククナ「冷たっ!?」


 想像以上の冷たさに引っ込めようとした手は、湖の中の何かに引っ張られる――――!


ククナ「へっ、何!? うわぁっ!!?;」


 引く力には勝てず、飛沫を上げて湖の中に連れて行かれる。
 突然のことに息をつく暇もなく、口を開けたままで水を吸い込んでしまう。
 引く何かを見ようと瞼を開くが、月明かりが届かないほど深いのか真っ暗で何も見えない。


ククナ「(くる……しい……息が……でき、ない……!)」


 酸欠のせいか、頭が重くなりぼーっとするような感覚がする。


ククナ「(あぁ……。……私……死んじゃうのかな……。どざえもんになって……魚につつかれて……変色して……)」


 ぼんやりと考えて意識に身を任せる。



~~~



「――――ん!」

ククナ「…………?」

「姉ちゃん!」

ククナ「――――ククロ!?」

「――――こっち! こっちだよ、ほら」

ククナ「待って――――」



~~~



 気がついたときには、水面に出る直前であった。


ククナ「プハッ!?;」


 手で顔の水を拭い、恐る恐る瞼を開くと、まったく知らない場所の湖畔にいた。
 森の中ではあるが、自分のところとは違い明るく開けていて、どちらかというと林のようだ。


 「Σうわわっ!? なになに、漂流者さん!?」


 声のする方に向くと、どうやら水を汲みに来ていたらしき人がいた。
 亜麻色の長い髪をした、蒼い瞳の女性。羽衣のような不思議な格好と狐のお面をつけている以外は自分のところと変わりはしない。
 手を伸ばし、湖畔から脱するのを手伝ってくれる。


ククナ「あ、ありがとうございます……」


 お礼を言った後、辺りを見回し、確認をする。


ククナ「あの……、ククロ……あ、えっと、男の子見ませんでしたか……?」

 「えっ? さあ……。アタシが来た時には誰も……」

ククナ「…………えっ…………あれ…………?」

ククナ「ここ……どこッ!?」

 「えっ、今更!?;」

ククナ「メトリウムはッ!?」

 「メトリ……? えっ、なんだって?」

ククナ「メトリウムですッ!! パレナードの南西に位置する……!!」

 「パレナード……? ……えぇっと……、頭、大丈夫かな……?」

ククナ「……えっ……あの、ここって……?」

 「エシュロン村だよ! 田舎だけど、良い所だよ?」

ククナ「エシュ……ロン?」

 「えーっと、あたしはリズって言うんだ! あなたは?」

ククナ「ククナリア……」


 ククナリア・ポレーヌとフルネームを言うべきかと思ったが、逢ったばかりの他人にそこまで言わないほうがいいかとやめておく。


リズ「じゃあ、ククちゃんだね! よろしくねっ」

ククナ「あ、はあ……」

リズ「とりあえずウチにおいで。お洋服乾かさないと風邪ひいちゃうしね、お話はそれからで」

ククナ「あ、はい……」


 この時は、まだ。

 異世界に来てしまったとは、思いもしなかったんだ。










END…









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 ————ここは、首都から大きく離れた郊外にある村、メトリウム。

 自然が豊富で、やや不便ではあるけれど、みんなが仲良く暮らしています。

 そこに住む、本作の主人公。ククナリア・ポレーヌ。みんなからはククナと呼ばれています。

 ちょっとめんどくさがりで料理も苦手だけれど、家族思いの優しい女の子です。

 これは、そんな彼女が、とある些細なことで、大冒険への一歩を踏み出す。そんな物語————



ククナ「————んん〜! はぁっ……、今日もいい天気だークソー」


 彼女の家は代々続く農家であり、主に葉野菜を拵えている。

 雨が降れば水あげを休めるのに。今日は手伝いで疲れる、そんな予感をさせていた。



〜〜〜



アメリア「————おはようございます、ククナ」


 この少女はアルメル・リアース。通称、アメリア。

 ツヤのある薄桃色の髪と淡い緑色をしたバンダナがチャームポイントであり、ククナの遠い親戚にあたるが、仲の良い幼馴染でもある。

 心配性で世話焼きな彼女に面倒を見られているに等しかった。


ククナ「あぁ、おはよー」

アメリア「今日は水やりですか?」

ククナ「うん、そう。アメリアは?」

アメリア「ふふっ。牛小屋の掃除と放牧ですね」

ククナ「あぁー、いつものかー」


 彼女の家は代々続く酪農家であり、主に乳牛を育てている。
 【リアース牛乳】の名称で親しまれ、その甘さから菓子製作に適しているそうだ。
 アメリアは両親に紛れて立派に仕事をこなしていた。


アメリア「……あの。今日、仕事が終わった後、時間ありますか?」

ククナ「うーん……、多分あると思うけど……。なんで?」

アメリア「今日は街から行商さんが来るそうなので、一緒に見られたらと」

ククナ「えっ、行商? この間来なかったっけ?」


 ここ、メトリウムは辺境であり、週の決まった日に行商人がやってくる。

 生活に必要なもの、子供の娯楽品、菓子……首都では普通に店に並んでいるものが売られているのである。


アメリア「ね。不思議ですよね?」

ククナ「まさか……子供さらいってやつじゃあ……!?;」

アメリア「こんな辺境に来てまで攫う理由ってありますか?」

ククナ「ほら……、私、お人形みたいで可愛いから……」

アメリア「…………。」

アメリア「では、また後で」

ククナ「あぁっ! 冗談だから!; その反応はクるものがあるよ!;」


 子供さらい、か・・・。

 さらわれたのなら、もしかすると・・・あえるのかもしれない。

 どんな目にあうか想像は出来ないけど、でも・・・。



〜〜〜



ククロ「ねぇちゃん! 見て! ぴかぴかしてて綺麗な石拾った!」

ククナ「おぉっ! すごい綺麗! ……でも、どこにあったの?」

ククロ「えっとね、裏山の湖の近くに落ちてたんだ」

ククナ「えっ、行ったの!? 危ないから行くなってママさん言ってたじゃん!」

ククロ「ご、ごめん……。……気が付いたら、そこにいたんだ」

ククナ「は?; 夢遊病ってやつ?」

ククロ「……なにかに、呼ばれた」

ククナ「えっ?」

ククロ「もう行かないから大丈夫! あ、でもそれはねぇちゃんにあげるから、大事にしてね!」

ククナ「えっ、あ、うん、ありが……とう……?」



〜〜〜



アメリア「ククナー。終わりましたー?」


 お日様が斜めに傾きだした頃、アメリアが畑へ顔を見せに来た。


お母さん「ん……? 何、アメリアちゃんと約束したの?」

ククナ「そうって言ったじゃん!;」

お母さん「あぁ、ごめんごめん。はい、お疲れ様。いってらっしゃい」

ククナ「もう! 水やりだけじゃなくて草むしりと間引きもさせて! 人使い荒いんだから!」

アメリア「頑張りましたね、えらいえらい」


 プンプンと怒りながら地を蹴るククナ。同い年であるのに子供のようだと頭を撫でてやる。


ククナ「……ぁあ……、今日は帰ったらすぐ寝るわ……」

アメリア「そうですね。明日は雨でしょうし、ゆっくり休んでください」

ククナ「うん」


 そんな何気ない会話をしながら歩を進める。


ククナ「……で、行商って……あれ?;」


 ふたりの目線の先にあったのは、すべてにおいて“アヤシイ”と言えるテントであった。
 色、柄、雰囲気……どこがどことは言えないがとにかく普通ではない。


アメリア「……おそらく」

ククナ「い、色からして怪しいような……気になる! 気になる、けど……入りにくい」

アメリア「すみませーん」

ククナ「アメリア!?;」


 テントをくぐると、見るからに“アヤシイ”の言葉以外が思いつかないほどの商品の数々と、帽子を深くまで被り、髭を豊満に蓄えた行商人がいる。


行商人「……いらっしゃい」

ククナ「……ね、ねぇ、帰ろうよ……; なんかすっごく怪しいよ、この人……;」ヒソヒソ

アメリア「そうでしょうか?」

ククナ「そうだよ!!;」

行商人「……今回のお勧めは……この本……」スッ

ククナ「ほら、ヤバイよ!; 勝手にひとりでなんか紹介とかしだしたよ、あの人!!;」

アメリア「行商人さんなら当然の行動では……?」

ククナ「なんでアメリアはそんなに冷静で順応するかなぁ!?;」


 ふたりがワイワイと言い合っているのもお構いなしに、行商人は淡々と説明を開始する。


行商人「この本には、呪いが書かれているのだが……。あまりにも強力で……何人もが恐怖からこの本を手放した……いわくつきの本だ……」

ククナ「え、中古なの?; 題材が題材だし、なんか嫌だなぁ……」

アメリア「……例えば、どのような呪いが書かれているのでしょうか?」

ククナ「聞く!? 聞いちゃうの、そこ!?;」

行商人「……【あ】行……相手を呪い殺す……」

ククナ「【あ】行からとか辞書かッ!!; しかも超絶物騒だし!!;」

行商人「……【い】行……異世界転移……」


 その言葉が出たとき、ククナの身体がわずかに反応する。
 「やっぱり」といった表情でアメリアが横目に見る。


行商人「……1000クーオ……」

ククナ「えっ?」

行商人「……1000クーオだ……」

アメリア「こちらの本は1000クーオだそうですよ」

ククナ「う、うーん……; そこそこする本だね、中古にしちゃあ……;」

行商人「……現存するのはこの一冊のみ……他じゃ手に入らない……」

ククナ「……そう……」

アメリア「……買ってもいいのでは? 欲しいのでしょう?」

ククナ「……う、うーん……」


 悩むククナに本を手渡す行商人。
 帽子に隠れその表情こそは見えないものの、薄ら笑っているような気がするのは気のせいだろうか。


ククナ「…………ッ!?」


 本に触れた瞬間に走る、悪寒。
 自分だけ地面に固定され、まわりはグルグルと動くような感覚。

 「これはただの本じゃない。」

 そう思った時には、すでに家の玄関前に立っていた。
 横で立つアメリアが心配そうに顔をのぞき込む。


アメリア「……だいじ、ですか?」

ククナ「ん、え、あ、あれっ!? 私たち、行商テントにいたよね!?;」

アメリア「え……。何を言っているんですか?」


 アメリアが言うには、こうだ。

 「本を手に取ったククナはすごく嬉しそうに1000クーオを払って購入していた。大事に大事に抱えていてアメリアが少しでも触れようとするものなら本気で怒っていた」と。

 記憶がない。

 しかし、今でも心配そうにしているのにもっと不安を駆り立てるようなことは言わない方がいいのかもしれない。

 生半可に「そうだったね、ごめん」と謝り、ドアノブに手を伸ばす。



 そして、反対の腕にはあの本がしっかりと抱えられていたのを、見逃しはしなかった。






END...





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